【後悔するな】僕の大学4年間【カネ・経験・仕事・友】

ライフハック

ふと年始に大学生活を振り返ってみると4年間しかなかったはずなのに1時間考えても、やってきたことが出尽くさないほどの出来事があった。
振り返れば【大学生】と言うレールには全くハマっていない。大学は余裕で卒業はできるだけの単位は取得。成績も悪くはなかった。しかし、大学自体は普通の人の3分の1ほどしか行っていない。自分のやってきたことがあっているのか間違っているのかは全くわからないが、全くと言ってもいいほど後悔はしていない。
主にタイトル通りであるが

【カネ・経験・仕事・友】

この4つが常に頭をよぎっていた。
大学という場所は決まった目的が定められていない。専門分野を学ぶ大学では変わってくるかもしれないが、僕の通う大学の学部は経済学部。言ってみれば普通科高校の延長線上と言ったことしか教わらない。
そんな僕が経験してきたことをざざっと書いていこうかと思う。
これから大学に進む人。
在学中の人。
卒業している人。
自分のこれからや過去と比べてみると面白いかもしれない。
(自分で言うのもおかしいかもしれないが)

大学生活

まずは僕の大学生活からだ。そこから全てが始まる。初めは大学が単位制だと知り、講義も休まず行った。遅刻も欠席もなく単位取得は順調だった。

しかし、時間が少ない。

大学生活とはこんなにも時間の無いものなのか?人生の夏休みじゃないのかーー!!!
時間を作るために僕は大学の単位制度をとことん調べた。

大学の単位制度(うちの大学の)

  • 1授業90分×15回(週1)を受講すると2単位もらえる。
  • 15回のうち、5回までは欠席が許される。
  • 欠席が6回目以上になってしまうと、お偉いさんたちの決めた規則によって確実に単位修得不可になってしまう。
  • 中には出席数をカウントしない講義も存在し、【期末試験の成績で100%の成績が決まる】と言った僕のための
    授業にも思える制度を取る教授もいた。
    (実際にはこういう教授は出席処理がめんどくさいだけらしく、たまに文部科学省から注意を受けるらしい)
  • 1年に取得可能単位数は44単位。(22授業分)
  • 4年間で取得可能単位は176単位。
  • 4年間で必要な単位は124単位。
  • 単純計算で大学期間中に取得できる単位の71%の単位を取れば卒業可能。

(この時点で留年とか卒業不可とかの学生がいることが僕には謎であった。)

話を戻そう。
この単位システムを知った僕は

「卒業できれば何でも良い。」
「休めるところは休もう。」

そう決めた。

大学期間中に決めたこと

その時僕が決めたこと。

  • 全ての授業をきっちり4回休む。(1回は保険)
  • 出席をカウントしない教授の講義は必ず入れる。(聞き出すために先輩と仲良くなっていた)
  • 朝は早起きしたくないため昼以降に重点的に詰める。

これだけを決めた。

変化

そうすると1年生の後期からは週に3日、2日ほどしか登校しなくて良かった。もちろんみんなは週4固定。僕1人だけ、ある程度の時間はできた。
1年生の後期は休んでいるという罪悪感に潰されそうになったが、1年目が終わる時の成績発表。

周りと何ら変わらない単位数と評価をゲットした。

その時点で罪悪感は消し飛び、このスタイルが4年間定着した。大学の事務室からは「大学ちゃんときてる??」と怒られたが、単位数と成績が人並み以上にあるためそれ以上は追求されなかった。
こうして僕の大学生生活は誰よりも長い人生の夏休みへと成長した。

友人関係

友人はいないに等しかった。
いじめられていたとかそんなことは全くなく、単純に大学生がバカに見えた。経済学部にいる人間なら感じたことはあるかもしれない。

「俺は将来社長になってBIGになるぜ」
「金持ちになってみせる」
「あいつめっちゃ胸でかくね?!」

こんなこと言ってる奴らが多すぎた。

「俺は将来社長になってBIGになるぜ」
→お前はBIGにはなれない。大学の教授は経済の流れを教えているわけであって、誰一人社長ではない。教授に聞く質問を間違えている。ここで学んだことだけでは社長にはなれない。お前では平社員も危うい。

「金持ちになってみせる」
→大学の授業だけでは金持ちにはなれない。ほかに何をやってると聞いてみたこともあるが回答はいつも「めちゃバイトしてる」「後輩に教科書売ってる」
バカなのか。

「あいつめっちゃ胸でかくね?!」
→発想は悪くないが、あいにく俺は貧乳好きだ。
周りの男とは女性の趣味が合わないからこんな話題も話すことはなかった。

以上のように僕には友達と言える友達はほとんどいなかった。(というより作らなかった。)
ボッチに対しては苦痛などはなく、むしろ時間に執着していた僕にとっては好都合だった。

アルバイト

とりあえず時間を作ることに成功した僕はアルバイトに励む。たくさんの業種から選んだが、あまり多くのアルバイトはしなかった。

高級焼肉店

超がつくほどの高級焼肉店が電車で5分の場所にあったため、応募してみることにした。時給は1350円。悪くない。
その焼肉店はカルビ1枚2000円とか意味のわからない値段で肉を売る焼肉屋で、意味のわからない金持ちや野球選手、芸能人が来ていた。ドラ◯ンズの選手や実際にあった芸能人は小池◯平など。まあそこそこの人が来るところであった。

ブラック。

墨汁よりも黒かったブラック企業。
時給は1350円のはずが、研修期間がある。その間は1,000円。しかも、社員同然に調理ができないと時給が上がらない。
無事に研修を卒業したバイトは全体の5分の1ほどであった。はじめてのアルバイトだったため、意味も分からずがむしゃらに働いた。しかし、就業時間は18時から0時までの間。高級焼肉店であるため、客足は少なく、暇な日だと21時頃上げられてしまう。がむしゃらではあったが、月給6万ほど。半年以上時給が上がらずに辞めることとなった。
しかし、賄いだけはどこよりも美味かった。

漫画喫茶

続いて見つけたのは漫画喫茶。

  • ひまである。
  • 賄いがある。
  • きつくない。

いいことづくしだと思ったバイト先だと予想して応募。
入った直後は夕勤で大学生ばかりのワイワイバイトとなり居心地も良かった。

業務内容もテーブル、床の掃除。
レトルト食品を温めなおしての提供。
簡単すぎるほどわかりやすいレジ打ち。

休みの日はご飯に誘われるなど社交的な場所だと思った。しかし給料は安く月に5万円程度。夕勤は就業時間が短いこともあったが、あまりにも少ない。

「もっとシフトを入れてくれ」

と店長に頼み込んだ。そうしたら夜勤を勧められた。幸い大学は時間が開くようにコントロールしているため睡眠時間などは余裕で確保できていた。
夜勤は基本給の1000円に夜勤手当の1.25倍が加算され1日9時間((1250円×9時間=11250円)×0.9(所得税)=10125円)
1出勤10000円稼げるのは大きい。
ここでしばらく頑張った。
安定的に月15万以上は稼げるようになる。

今でも思うが漫画喫茶の夜勤は大学生にはオススメなアルバイトであると思う。

しかしここで思わぬ落とし穴が。

夜勤は人間らしい人がいない

金髪で接客中にも喋ろうとしない奴
30歳でソシャゲの借金150万を返そうとする奴。
会社のトラブルでクビになった50代のおっさん。

もちろん大学生はいない。
それに朝9時出勤の引き継ぎの主婦勢。
夜勤勢を人間のクズのように扱う
大学生だと知らない主婦たちは僕のこともボロクソに怒る。

ここの掃除した?
なんでパソコンのアップデートできてないの?
私の息子ならこんなことはしない。
レジ打ちが遅い。
眠いんなら迷惑だからやめろ。

ひどいひどい。

ここで嫌気がさし掛けたがひたすら我慢して月給15万を握りしめて帰る日々が続いた。
結局1年ほど続いたバイトだった。

夜の世界

ある日高校の先輩の勧めでホストクラブの1日体験に行ってみた。1日ホストクラブを見学するだけで10000円の日払いがもらえると言った高待遇すぎる体験だ。

実際にみんな優しかった。

激しいシャンパンコール
スーツやお洒落な私服
バチバチに髪をセットした人
そうでもない人。いろんな人がいた。

そこでちょっと日払いをもらい始めてすぐにやめた。
漫画喫茶の給料には勝てないと断言できたからだ。しかし、現実的にみてみると稼げそうな業界ではあった。
別の店を探しのめり込んでいった。
新しく見つけた店は

日給5000円
売上の50%をいただける。
罰金なし。
そして発生した給料を100%日払いで受け取れるというホワイトなホストクラブ。
ちなみに暴力などは一切なかった。
あっさり系のホストでありたかったため、枕営業などは一切しなかった。
(性病や病気になりたくなかったというのが本心)

シャンパンコールを覚え
トークを覚え
先輩との連携を覚え
ライン術を覚え
外での会いかた
店への引き込みかた
全てを学んだ。

すると2ヶ月目からは日給3万円を超える日もちらほら。
来てくれるお客さんには

来てくれてありがとう。
使わせてしまって申し訳ない。

この2つの気持ちが入り混じり複雑であった。

ここで人生が変わったかと思う。
一瞬だけだが。

ホスト人生の最高月収は330万円
大学から入りたての若僧が300万円。
夢かと思った。頑張っただけあったなぁ。

そう思った矢先。
町中に僕の噂が流れ始める。
いい噂も悪い噂も。芸能人とはこんな気分なのかと思ってしまうほどだ。本当にめんどくさかった。ネット上には源氏名ではあるものの僕の名前のページなどがいくつも立ち上がっていた。めんどくさかった。
さらには。お客さんを離れさせないためにも

プレゼントを買わなきゃいけない。
ごはんに行かなければならない。
デートに行かなければならない。
カネはどんどん消えていく。
残ったのは50万ぽっち。

金銭感覚が狂うと50万円手元にあるだけでは不安で仕方がなくなってしまう。
そこで目が覚めた。
いずれは100万円あっても不安になるだろう。これではまずい。

しかも業界的には25歳前後がピークと言われる夜の業界。周りには店長、幹部、幹部補佐、プレイングマネージャー、エグゼクティブマネージャー。
たくさんの高給取りな役職が並ぶ中、片隅に30歳超えた回し役、内勤などがいて、彼らは全員ホスト上がりだという。
給料は10万円前後。
その事実に気づいた時に大学生に戻りたいと思った。

よかった~単位とっといて!!!!!!

パチスロ

夜の世界を上がって若干金銭感覚が狂い気味の僕だった。大学初めから少し手を出していたパチスロを本気でやってみることにした。実際本気でやってみようと思ったのはこのころより少し前であったが、時間が有り余っていたこのころから、店にこもるようにやり始めた。

「スロットは確率だ」

本気でそう思っていたため、台データを見てネット上の設定別の確率データと正確に比べ、良台を見つける作業を1日続けた。
ギャンブルと言えども確率がある以上勝ち負けは、ある程度コントロールの範疇に収まるようになっていく。

負けを少なく(投資を少なく)
勝ち金額をおおく(たくさん出せば)

無駄な出資を抑えることでどんどん勝てるようになっていた。
収支帳もつけ始め、本格的にのめり込んでいった。

「パチンコで必ず勝つ方法」
「パチスロで負けない打ち方」
「〇〇〇〇設定6実践データ!」
「大負けの取り返し方」
「スロットで負けない打ち方」

様々なサイトから情報を得て自分なりに打ちまくった。
気になる結果だが、順調に勝てるようになっていた。(メシマズですまない。)
1日勝てる時には10万近く。
もちろん負ける時は3万、4万くらいは負ける。
月の収入としてはプラス10万~40万の振り幅の中に収まっていた。(振り幅大きすぎて収まっていると言えないかもしれないが…笑)始めてから2年間マイナスの月は1ヶ月だけ。マイナス2万円ちょっと。
毎日通い続け、2年間の収支はプラス300万円となっていた。大学生で年収150万円。よくやったと思えるほどの金額であるのだろうか?

パチンコでホールに行く時間。
1日13時間
週4~7日(平均5.5日くらい)
月間22日
年間265日

この時点でお気付きの方はいるかもしれない。
時給の破格さに

年間13時間×265日=3445時間
1500000円÷3445時間=時給435.41…円

時給の435円で13時間労働をしていたわけですよ。不覚。
初めは楽しくお金にもなると思って真剣に取り組んでいた2年間が無意味だったことに気がついた瞬間だった。もちろんパチプロスロプロになったつもりはなかったが、ここまで真剣に取り組んだ結果だが…
あれ?おかしいな?
完全に気がつくのが遅かった。

大学生であるがゆえに支払うお金も少なく、税金も皆無。扶養内所得の上限が103万円と決められているため、100万円を超える年収を出していたことに酔いしれていただけかもしれない。
勿論、ホールに来て遊んでしまった事、振り返ると無駄な打ち方をしてしまっていた事、たくさん無駄要素があったとは思う。
それを踏まえた上での結果ではあるが、それ以上にギャンブルは自身の時間以上に失うものが多い。家族、友人との時間(友人は少ないが…)大学の講義がピンチになりかけた時もあった。金銭面も一般の人とはどうしてもずれてしまう。そもそも働こうと言う気がない人が多く、軍資金(お金)が尽きたら無気力人間になってしまうことが多い。ギャンブルと言うだけで偏見を持たれるため日本ではあまり(というか殆ど)好印象は持たれない。
良い人生経験にはなったが、戻れるのであれば時間を返して欲しい。

しかし、世の中にはパチンコパチスロだけで生活する人がいることは確か。
実際にこの目でも確認したが、遊びながら遊べるだけのお金を稼ぐ人がいることも知った。今では、いいな~とも、なりたいとも思わないが、彼らのスタイルは尊敬できるものがある。

朝6時ごろから並ぶ。
9時に入場。
即座に台選び。
13~14時間ほど打ち続け。
閉店後には翌日に向けたデータチェック。
帰宅は0時過ぎ。

これのループ。

グループで打っていることが多いため、休みは取れないという。また、近く(電車で1時間圏内)のホールのメルマガやlineなどは登録しておき、イベント情報があれば即座に向かうのだ。
正直かんたんに真似ができる事でもないうえに、一度近しい生活を体験するともう二度とやりたくはない。

やらないが、すごい人もいる。この人たちは遊び感覚ではない。パチプロは覚悟と体力、判断力、センスなど様々な要素がいる「仕事」だということを知った。
それを仕事と決めて本気でやり続けたとしても世間からの目を気にし続ける必要がある。
社会の歯車のどこにも所属しない稼ぎ方であるため、勿論ではあるが年金などという社会的手当は一切ない。
なんども言うが、二度とやりたくない。
中途半端では(専業にしてなおかつ本気でやらなければ)割りに合わない。ギャンブルが好きなそこの諸君。金銭感覚が狂わない程度に遊ぶのは構わない。立派な人生経験だ。
しかし、どれだけギャンブルが好きでも、仕事にすれば気がついたときには嫌いになっている。本気でやっても時代とともに勝ち金額は減っていき、年齢は30歳。輝かしい未来を捨ててまで挑戦する事ではない。

だいたい何故パチンコホールがあんなにも煌びやかな「城」を彷彿させるほどのホールを建てられるのかを理解しているだろうか?

建設費用
パチンコ台購入費
スロット台購入費
景品代、サービス代
電気代
人件費

これらは全てお客様の「負け」から支払われている。これ以外パチンコ屋に収入源は一切ない。
負けることを想定した運営を打ち破って収入に変えることがどれだけ大変かを理解してほしい。理屈的に考えれば不可能である。

なんどもいうが、もう二度とやりたくない。

あとは諸君らの自由だ

なんどもいうが、もう二度と…(以外割愛)

ブログ

パソコン好き、ガジェット好きだった僕はインターネット上でお金を稼ぐことに目をつけた。聞いたこともあるし、胡散臭いで噂の「アフィリエイト」だ。

その前に大学生活中の僕には関係ないのだが、ガジェット好きになった経緯を話そう。

ガジェット好き

時は遡り僕が小学校に入学した頃だった。ゲーム(ゲームボーイアドバンス)を買ってもらいどハマりしていた僕は
「何故電池を入れたら動くんだろう」
気になって仕方がなかった。
ゲームを純粋に楽しむ子供とは明らかに興味の対象が違った。
同年代の友人が

「どうすればこのボスを倒せるんだろう。」

と疑問を抱いているときに僕は

「何故Aボタンを押し込むと機械の中の画面に反映されるのだろう。」

同じもの(ゲーム機)を与えてもこれだけ反応が違ったのだ。(変態である)

100円ショップに行ったときにお小遣いで工具を買った。(勿論親には内緒で)家に帰って中身を分解してみると、ボタンの下にはゴム製の部品が敷かれており、その部品のおかげでボタンが押されると自力で戻ってくる様に設計されていた。さらには基盤に触れるゴムパーツの部分に黒いゴムが埋め込まれていることに気がついた。電気はゴムを通さない事は知っていたため、疑問に思った僕は親にパソコンを借りググった。(この頃はGoogleはメジャーではなかったため、ググったというよりは「ヤフった」という方が正しい表現かもしれない。)

検索ワードは
【ボタンの下 黒いゴム】
だったことを覚えている。

するとそれは伝導性のゴムパーツだったことが判明。Aボタン下の基盤は金色の配線が伸びていたが2個に分かれている。ボタンが押された時だけ絶縁状態にある回路が電動ゴムと接触し、その瞬間のみ通電する。電気信号が届いた瞬間にボタンが押されたと認識する。同時に導線を伝う電気信号の速さ(1秒で地球7周分)という情報も知ったため、ボタンを押した瞬間に画面上に反映される(タイムラグかほとんどない)ということも理解した。
このゲーム機の分解こそがガジェット好きの始まりである。

後に
PSP
DS
パソコン
スマートフォン

色々な電子機器を手にしてきたが、ほとんどの物の仕組みが気になり新品にも関わらず完全分解し、仕組みを理解したところで組み上げるという作業が習慣付いていた。
(ド変態である。)

そこで高校生くらいからパソコンにのめり込んでいった。パソコンを分解し尽くした僕は、この「パソコン」と言うものを、どう利用すれば最大の効用を得られるかと言うことに興味を持った。生活を豊かにするにはお金が必要。何故ならば当時通っていた高校は

  • バイト禁止
  • 携帯の所持禁止
    (持っていくのはダメとかそう言う次元ではなく、契約すること自体が禁止だった)
  • 男女交際禁止
  • 頭髪は整髪料禁止
  • 長さは襟に着いたらダメ
  • 眉毛にかかったらダメ
  • 眉毛を剃るのもダメ
  • 学校にお菓子持って行ったらダメ
  • ワイシャツのボタン一個開いていたら生徒指導室行き

生徒には厳しいのに体罰でクビになる教師が出たり、暴力が問題になったり、などの悪徳極まりない鬼畜高校だった。
(勿論大好きないい先生もいた。)
こんな高校に通っていたらお金は欲しい。
(バイト禁止な時点で入手は不可能だった為)
そこでこのころからアフィリエイトには興味を持っていた。FC2ブログでブログを書き始めA8ネットで広告を打ち、初めての収入を得たのもこの頃だ。

そこで話を戻そう。
大学生になった今、クレジットカードもあり、ある程度財力もある為本格的にアフィリエイトができるのではないかと考えた。
友人に教わり、無料ブログであるFC2からサーバーをレンタルしてワードプレスで本格的なブログを構築した。いくつも作りとにかく書き続けた。すると反響もありツイッターのフォロワーはあっという間に5,000人越え。収入も月に50,000円程度は入るようになった。現在も継続中であるが、このブログも運営中のブログの中の一つだ。

ホームページ制作

ブログが作れるのであれば、ホームページを作ることも容易である。と考えた僕はホームページ制作をする会社を設立した。ホームページは当時20万~30万円が平均単価であった為にそこそこの収入を得ることができた。
具体的には社会人平均の倍ほどは稼いでいた。と思う。
そこでさらに自分自身の知識を伸ばそうと考え、ホームページ制作、ワードプレスなどのプログラミングを勉強し始めた。専門の方々からしたらにわかと言われても仕方のないレベルの知識だが、自分に自信をつける為、お客さんに満足してもらうために必死で学んだ。

コンサル

周りにも僕がホームページを作れることが知れ渡っていくと「教えて欲しい」と言い出す者がいた。正直できる人が増えれば僕の仕事が減ってしまうと思ったが、世の中にはコンサルと言う者が存在し、教えることで利益を得る人たちの存在も知った。そこでコンサル業もやろうと法人を立て知識を有償で提供していくこととなった。

金額設定は40万円。

高いと思うかもしれないが、これで手に職をつけ生業となる可能性もあるため、高くはないが安くもないだろう。
これが結構うまくいき、先生と呼ばれるまでになっていた。努力する子はよく育っており、開業する生徒さんもいた。
でも中には「詐欺師だ」と詐欺師呼ばわりする子もいて、返金を求められた事もある。もちろん法に則った契約書も準備しているためこちらに不備はない。

詐欺師と書かれたウェブページまで作成されていた。しかし、驚くことにそのページは僕の生徒さんが自力で作ったものだった。
僕が教えたから自力でウェブページを。。。。よくやったぞ弟子よ。
結局詐欺師呼ばわりされたが、その子には確実に力はついていた。

どうすればよかったのか未だに謎である。

ここまではうまく行っていたのだが、ホームページ業界にも氷河期が訪れる。
無料のホームページ制作ソフトや格安制作の会社が続出し、ホームページというものの価格が大きく下がってしまった。学生1人でやっている制作会社は打つ手がなかった。
やむなく会社は畳むこととなってしまった。

転売

今でも続けていることなのだが、これもまた一つ趣味のようなものだ。
「転売」と聞くと「転売ヤー」や「買い占め」「プレミア品を倍額で売る」などの悪いイメージがあるのではないだろうか。
全くそんなことはせずとも利益は出せている。

僕の転売は
「ゲオ、ハードオフ、ブックオフ」
などの中古品を転売する方法。これは店側が物の価値を誤って値付けしてしまったものをすかさず買うことや、セール情報を逃さずに安いものは出来るだけ買っておくことなどで利益を出している。
もう一つはジャンク品と言われる壊れたもの、動作保証をしていないもの、動作が未確認であるものを買ってきて動作確認、修理などを行い売る方法。小さい頃から機械大好きだった僕にとって電化製品の修理など簡単なことである。
取り扱う商品は主に
ゲーム機
パソコン
パソコン周辺アクセサリ
などである。
自分の専門知識が商売になっているため全く苦ではないし。購入時の見切りが出来れば大損などはまずない。

もちろん特殊な例もある。
今年初めに(2019年)「大乱闘スマッシュブラザーズ(以下スマブラ)と言うゲームが任天堂スイッチ向けに発売された。このタイトルのゲームは過去作も値崩れしにくいゲームであるため、値段はあまり下がらない。値崩れとはプームが過ぎ去った過去作などはゴミ同然の扱いとなり売れないために値段が大幅に下がってしまうことを言う。
値崩れする例は「モンスターハンター」シリーズ。発売と同時にアホほど売れるが、次回作には前作プラスαという内容でつくられているため、過去作に一切の価値がなくなってしまう。よって新品価格5000円前後であっても過去作は数百円で売られていても買う人はいない。
しかしスマブラは過去作にも良さがあるため値崩れしない。任天堂64というハードから誕生したゲームだが、20年以上前のそれでさえ2000円前後の値で取引されている。

僕は一作前のスマブラfor3DSに目をつけた。
1500円程で取引されていたため、某フリマアプリ内の出品を全て買い占めた。おそらく60本くらいは買ったと思う。買い占めたと言っても新作を買い占めるわけではないので、困る人は誰もいない。スイッチ版のスマブラが発売されるや否やスマブラブーム到来!読み通り過去作にもスポットが当たり僕が買い占めたスマブラは3300円で飛ぶように売れた。
仕入れ値から差し引いても10万円以上の利益。新作スマブラが発売される前後10日間。片手間で10万円。頭を使えばどれだけでも収入を得られる業種であることをここで理解し直した。

 

転売を始めてから、自ら買うものも変化した。例えば音楽再生機器であるiPodやWALKMAN。Amazonなどの通販には同等の音楽再生機器が販売されている。ノーブランドや全く知らないメーカーから売り出されているのもが多い。これらを後にフリマサイトで売ろうとすると数百円と言う金額にしかならない。しかし、AppleのiPod、SONYのWALKMANとなるとブランド力とでも言うのだろうか。名前を出すだけで高値で買い手が見つかる。買うときは数千円違うだけのものでも、売るときにはブランドとして名が知れているものである方が取引額も数十倍だ。買うものを吟味し、選択を間違えなければ物は資産になりうる。便利であっても無名のものでは資産にならず、自分が使わなくなったらそれは単なる不用品でしかなくなってしまうのだ。便利なものなのに。。。と悲しい現実ではあるが、それが現代社会の物流というものなのかもしれない。

 

そして、転売最大のメリットとも言える恩恵は商品となるものを直接手にとってみるため、物の価値やよさ、悪さが自分の手の中で知識となって蓄積される。自分の生活の中で必要な物を選ぶときに、情報だけあるのと実際に手で比較できるのでは天地の差である。これだけの為に転売に手を出してもいいと言えるほど、「手に取る」ということは偉大だ。
転売もブログと同様今でも続いているが、効率的であり僕の理想的な稼ぎ方だ。

就職活動

就職活動に関しては結論から言おう。

全くしなかった。

就職活動には全く関心がなかった。求人情報を見ていてもつまらない会社ばっかりだ。自分がやってきたことの方がよっぽど面白いし、利益にもなる。
周りが就職を決めているころや内定をもらい始めている頃に何もしていなかったが、焦りはなかった。

大学生の就職活動では3年以内に50%以上の人が新卒で入社した会社を辞めているというデータがある。

ということはだ。

新卒の切符を生かして就職しても3年以内に半数以上は今よりも悪い状況になるわけだ。僕は大学でいい成績も収めていないのに、というか、エリート大学でもない大学のレールに沿ったって最高の就職に巡り会えるはずがない。

友人の誘い

そう考えた僕は今まで培った人脈に身をまかせることにした。大学の当初から仲良くしていた友人の誘いが最高にグッドタイミングだった。
趣味でカメラマンをやっていたその友人が

「俺さー。こういう会社でカメラマンとして働かせてもらっている。バイト感覚だけど、将来はここでやるかも。人足りてないみたいだからここ来たら?」

と言い出した。誰にでも誘いを出しているわけではなく、僕の能力を買って言ってくれていた。
大学生活中に唯一と言っていいほどの信頼できる友人であったため、会社に顔を出すことにした。それが今からちょうど1年前ほどだ。
そこは名古屋の小さな会社で、クリエイターを育てる事務所的な立ち位置の会社だった。モデルや写真家、動画編集者、配信者、画家、音楽家などプロに近いレベルからど素人までを抱える会社だった。
そこの社長にも僕の能力を買ってもらいエンジニア兼ライターという社員兼クリエイターという立場での入社が決まった。先が見えそうだし、この小さな会社を大きくしてやろうという意地も生まれた。
というのは建前で誘ってくれた親友、社長の情熱と好意には感謝しかない。と言うのが本音だ。

今後

入社は決まり、仕事をすることも多くなった今だが、まだ戸籍上は大学生。今後はこの会社に骨を埋めるつもりで全力で働くことを決めた。
そして現在に至る。(2019年始め)

最後に

『【後悔するな】僕の大学4年間【カネ・経験・仕事・友】』

というタイトルで書き始めた記事であったが、読み返すと思った通りに書けている。
ライターとしては新米だが、今後の明るい未来を背負った学生の参考になれば嬉しい。僕自身後悔は何もしていないが、完璧に正しい道を進んできたとも思っていない。今の日本社会は僕の生き様を

「劣等生」
「ニート」

などと略す。

もちろん立派な学校に入り、就職活動をしてエリート企業に入社できればそれに越したことはない。でも道はそれだけではないことを知ってほしい。
僕選んだ道は困難だ。
僕の親は全て知っているが、どれだけ心配させてどれだけ悲しませたことだろう。想像しただけで申し訳ない。ただ、僕は自分の言葉で両親を納得させ、後悔のないように生きてきた。必ず恩返しはするつもりだ。

これを参考にして真似しても将来の保証は一切できないが、真似すること自体が不可能だろう。
1人の人間が自分を見つけるために這って這って這い上がるための道を見つけたストーリーだと思って参考にしてほしい。もちろん不正解かもしれないが。
大学に関わらず高校生、専門学生、僕の場合は小学生から。

学生期間には社会人には戻りたくても戻れないほどの貴重な時間がある。それはどれだけ努力してもお金を積んでも戻ることのない時間だ。

僕は貴重な経験を積ませてくれた人、環境に感謝して学生生活残りの3ヶ月とこれからの希望に満ちた社会人生活を謳歌する。

最後まで読んでくれてありがとう。また別の記事で会いましょう。
バイバイ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました